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理髪師の冒険


水底

12-1 竹の向こうの村

水に飛び込むと,
私は見ている存在になった。

広場の中央に横たわった人影。
周囲の竹が大きな円になって並び,かがみこむようにしなってその人影を包み込んだ。

あれは誰だろうか。
あれが私なのかもしれない…。

"自分は自分と一心同体"という言い方も変だが,
自分が自分である時は当然自分は自分である。

自分から離れて自分を見ている。
相手は自分なのだが,見ている方も自分である。

見られている自分,見ている自分。
その両方を見る第三の自分。

自分であったはずの自分,自分であるはずの自分。
それはたいがい自分が思うような姿ではない。

驚きがつきまとう。
自分という存在が遠くなる。

村人たちが行列を成して広場に入ってきた。
質素ながらも美しい民俗衣装で着飾っている。
軽い足取りで一角に集まって微笑みを浮かべている。
この村人たちは穏やかなのか,残酷なのか,正体がわからない怖さから,不気味にも見えた。
だが,私の身体は,そうとは判断しなかった。

この水底は,時間の外。
竹薮が地上と繋がっている。
地上,水面,つまり,時間の中。

私は過去に地上の竹薮を見たことがあった。
ある竹薮は別の世界へとつながっていた。
その世界が地続きのどこかなのか,それとももっと別の世界だったのかはわからない。

この水底の竹薮は生きているように見える。
自ら判断し,動き,私の身体だった存在を癒そうとしている。

自分が自分を見つめる時,相手は手の届かない場所にいる。
正体不明の謎の存在が私に背を向けている。

心は繋がっている。
一筋の線が。

あなたを近くから見る勇気がなかった。

村人たちが広場の一角から,その全身に好奇心を漂らせて竹の輪の様子を伺っている。
あなたがゆっくりと立ち上がり竹の輪から歩み出ると,
村人たちが嬉しさを表現したように見えた。

歩いていく後ろ姿。

それは決して想像通りではない。
でもそう悪くもないものだ。
想像と違うというのも。

私は竹を恐れたのだろうか。
村人たちを恐れたのだろうか。

竹は私を休ませようとしたが,
私は休むことを恐れ,途中でゆらゆらと立ち上がった。

村人たちは自分たちが来た方角を見て,あなたを嬉しそうに見送っている。

村人たちはあなたの判断を正しいと思い,
私もそれが良いと認めているのに,今そうすることへの怖さがぬぐえずに,ここに居る。

あなたは居たいだけここにいて良い。
村人たちもあなたを歓迎するだろう。
でも,今私を追っている世界を,放っておいて大丈夫だろうか。
ここは時間の外。
そんな心配はないのだと覚っても,私は広場の隅にポツンと立ったまま,村人たちの笑顔を後にした。

[完]


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