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理髪師の冒険


青い宝石

2-1

賑やかな石畳の大通りを歩いていると,笑いながら楽しそうにお喋りしている何人かの若者たちが道端で何かを描いていたようで,私の道連れの一人がその若者たちに親しみを持って話しかけると,その中にいた一人の女性が新たに一枚の絵を手早く描き上げ,それを私たちに見せてくれた。
極端に簡略化されたラフスケッチで,やや華奢な感じの若者の顔がえがかれていた。
道連れによれば,彼女はどうやら私の似顔絵を描いたらしかった。
ふと「自分はどんな顔だっけ」と思った。
あれこれプレッシャーに思いながらおそるおそる手鏡をのぞいてみると,なんだかさえない顔が映った。
絵のような細おもてではないし,日差しのせいもあるのか,顔色はところどころ桃色に色づいていた。
頼りなくしなった色素の薄いくせっ毛も,絵の若者の太くて艶のある前髪とは全く違った。
鏡に映った顔をしいて良く表現するとすれば,この地方の平均的で素朴な外見,といったところか。
絵の若者は顔しか描かれていないものの,しなやかな体格を思わせる骨格だから,背丈はおそらく平均より高くはないだろう。
年齢は,少年と青年の間くらいに見えるから,きっと私の方が年上だ。
この似顔絵は私に気をつかって美化して描いたのだろうか。
それとも,願わくば場合によっては私もこんな感じに見えるのだろうか,自分ではよくわからない。
まてよ,そもそも私を描いたのではないのかもしれない。
なるほど,そうか,それで道連れたちが面白がってあの若者たちに声をかけたのかもしれないな。
街の人たちは私の姿を知らないから,私が街を歩いていても誰も気が付かない。
だから,人通りの多い大通りを人ごみにもまれながら堂々と歩くのが安全なのだ。

2-2

ここは北方地方のとある王国である。
私は船で様々な国を訪れ,それぞれの土地で過ごし,何度目かの帰国をしたところだった。
そして,道連れに案内されながら賑やかな大通りを進むと,大きな門の前に出た。
少し赤みがかった黄土色をした,見上げるほど大きな鉄柵が,石の壁の間に閉まっていた。
城へのいくつかある大小の門のうち,どこを通るのかを私はいつも知らされない。
道連れたちが案内するのを黙ってついて行くのみである。
そして,どの門も,帰国するたびに姿が変化していた。
模様替えといってしまえばそれまでだが,私にとってはどことなく魔法じみていて面白かった。
実際,父はそういった技術を持っているようだった。
本人との共通点といえば背の高さくらいしかなかった,大通りの若者が描いたあの想像図を思い出すと苦笑いをしたい気分にもなったが,反面,誰も私を知らないんだ,という実感は嬉しかった。
私たちは予約済みの観光客のふりをして堂々と門の向こうへ迎え入れられた。
本物の観光客たちと一緒に歩き,久しぶりに歩く『自分の家の庭』の様子を彼らと同じように見物し,いつの間にか別のルートへと入って行き,彼らが入れない場所まで進んでいた。

2-3

青い石は,床に落ちて砕けた。
通路に散らばってほとんどが粉々になってしまったが,中には美しい色つやを保ったままの欠片もいくつか残っていた。
全てを渡すことだけは避けなければと思い,私は一番大きな欠片とそれにつぐ大きさのものを急いでいくつか拾い,残りの欠片はあきらめて,身を守るためにその場から逃げた。
彼らは青い石が砕けてから数秒のあいだ床に散らばった欠片の方に気を取られていたので私はその隙に身を隠すことができた。
私はなるべく彼らから距離をとるように隠れながらも移動し,どうやって安全な場所へ行くかを考えた。
どこなら安全だろう?
地下だろうか。
迷路のように入り組んでいて,限られた者にしか知られていない通路も多い。
だが,敵も私がそう考えることを予想して,地下を真っ先に捜索するだろう。
父の寝室ならどうだろうか。
もちろん敵もチェックしようとするだろうが,あの部屋は守りが堅いから,彼らが中へ入ることはできないはずだ。そのかわり,敵が部屋の周囲を囲めば,中にいるこちらは身動きがとれなくなってしまう。
私の部屋ならどうか。
彼らはどこが私の部屋かを知らないはずから,少しは時間を稼げるはずだ。しかし,彼らは城内の侵入可能な場所を全て探索するつもりだろうから,いずれはあの部屋にも現れるのだろう,私の部屋とは知らずに…。
さらに,私の部屋へはここからは距離があり通るルートも限られるので,途中で見つからずに辿り着けるかどうかにも不安がある。
あれこれ考えながら逃げ回った。
地下への入り口をいくつか探したが,敵の数はどんどん増えてきていて,どこも彼らの目を盗んで入ることは難しかった。
見つかるのを覚悟で突破を試みてもみたが,気づいた敵の腕からなんとか身をかわしてもう一度ものかげに身を隠すと,これでは地下へ入るのは無理だと感じた。
この私でも身をかわすのが精一杯か,悔しいがそういう状況だった。

2-4

ふと顔を上げると,上階の渡り廊下にC(シー)の姿があった。
灰色の法衣と灰色のあごひげ。
白い衣が上背のある体格を覆い,年齢を感じさせない凛々しさを放っていた。
頼りになる存在だ。
なんとかしてCと合流したい。
Cが自然な仕草で私の方を見た。
Cは私に気付いている,そして敵が私に気付かないようにしている。
そうか,もしかしたら私が持っている石はダミーなのかもしれない。
本物の石は彼が持っているのか,或いは別の場所にあるのかもしれない。
しかし,仮にそうだとしても,私は拾った欠片をこのまま大事に守って逃げるのが良いだろう。
それも出来るだけ目立つ方法で。
そうすれば,本物の石から敵を引き離すことができる。
本物の石はCに任せよう。
私とCは合流しない方が良いのかもしれないが,これが本物の石なのかダミーなのかを確かめたい。
なにより,彼と一緒に行動していた方が心強い。
しかし,もし私が敵をひきつける役割をするのなら,私は本物の石の場所を知らない方が良い。
砕けた石が本物である可能性も残っている,危険を冒してまで彼と合流することはせずに,早く脱出した方が良いのかもしれない。
…彼が敵をひきつけている。
Cはいつも私に的確なアドバイスを出してきた。
Cがあのように目立つ行動をしているのなら,私は今すぐこの場を離れるべきなのだ。

2-5

この青い石は何なのか。
知っているのは両親とCだけだったと聞いている。
あれから私は独りで城を離れ,王国を離れ,旅を続けた。
私は街中よりも海辺や森の中を好んだ。
時には似たように独り旅をしている誰かと親しくなることもあったが,
相手も深い付き合いを好まないようで,互いに事情も話さずとも,つかず離れずの距離を保ったままの,さばさばとした心地よい関係だった。
私は同じ場所に留まることを危険だと考えて,気の向くままに,そして注意を払いながら度々移動をしていたが,何日かたってから親しくなった者が居た場所へ戻ると,相手もまた移動したあとで,残念に思うこともあった。
だが,お互いに旅を続けていくのなら,いつかまたどこかで会う日もあるだろう,そんな風に考え,そして実際に偶然の中,何度か再会した相手もいた。
同じような場所を好むとか,それとも安全な場所をかぎつける臭覚のようなものが似かよっているのか,また会ったな,と大笑いを飛ばしあったこともあった。
孤独や不安がつきまとうが,それなりに愉しい『旅』でもあった。
もう戻らなくても良いのではないか,そう考えるようにもなった。
青い石を狙った追っ手には出会わず,私は自分の逃亡の腕を心の中で自賛したりもしたが,そのうちにそんな追っ手がいることを忘れそうにもなった。
旅の中で訪れた村や街には悪人と呼ばれるような連中も多くいた。
そういった者達の方がよっぽど厄介だと思うこともあった。
腕っぷしで対応できるケースなら『用心棒』をしたこともあったが,そうではないケースの場合には,Cならどう考えるだろうか,と懐かしく思った。
あの国は今どうなっているだろうか,そう思いながらも,足は故郷へは向かなかった。
『追っ手』に捕まったのはそんな時だった。
森の中で,何度目かに再会した『旅友達』が,あるとき,私と数人の男達を引き合わせた。
漂う雰囲気に近寄りがたいものがあるものの,悪人には見えない様相だった。
男達は友人の目の前で素早く私を取り囲み,腕をつかんだ。
それを見た友人は驚いて抗議した。
「なぜ縛るんだ,王国から保護しに来たと言ったじゃないか!」と。
私は抵抗しなかった。
頃合だと思ったのだ。
このまま旅を続ける訳にもいかない,一度は戻らねばならない,それはそろそろだろう,と考えていた。
彼らが乗ってきた飛行船で王国へ帰れたのは,歩くよりも楽で都合が良かった。
友人は本当に私の事情を何も知らなかったのだ。
私は両腕を後ろに回され紐できつく縛られたが,抵抗する気はなかった。
ここで喧嘩に勝ったところで,すぐに痛い目にあって連れ戻されるだけだろうとわかった。
友人は責任を感じたようで私を逃がそうとチャンスを伺っているのがわかった。
私は彼にその必要は無いことを伝え,おとなしく『追っ手』に従った。
王国に着くと,私は面白い光景を見た。
何年か前にも通った賑やかな大通りの道端に,Cによく似た顔のラフスケッチを見つけたのだ。
絵の作者であるらしい青年に尋ねると,それは国王を描いたものだよ,まだ下手だけど,と答えた。
その青年も通りの人々も私がつながれていることには興味津々のようだったが,私がほがらかに堂々と歩いていたせいか,何かのユーモアだと感じたらしく,何の仮装か,と訊く者もいた。
同行していた男たちは,我々は天使を捕まえたのさ,とおどけて言った。
相変わらず良い国だ,と思った。
平和で,何も理由がなくとも,いつもこんな風に,お祭りのような一面を持っているのだから。
城の敷地内に直接降りることができる飛行船を,なぜわざわざ郊外に降ろし,私を歩かせて城内に入ったのか,それはCの仕業だった。
Cは私を私の部屋で迎えると,開口一番,「国の様子をどう思いましたか」と言った。
私は思った通りのことを答えてから,最後に,まだ紐をほどく気はないのかを問うた。
「あなたがしばらく城から出ないつもりならほどきましょう」
Cはあいかわらずユーモアを含んだ遠まわしな言い方をするので,私は笑い転げたくなった。
部屋は以前のままで,壁際にベッドが一つ,そのそばに小さな机と椅子が一つずつあった。
それだけで充分の,あまり広くはない,一人で落ち着くことができる部屋だった。
たまにしか使わないのに,いつも清潔な状態に保たれていた。
Cが放った『追っ手』たちが私を置いて部屋から出ると,Cは私の両腕を縛っていた紐を解いて,
「これは私が命じたわけではありませんよ」
と苦笑いした。

2-6

「私は城を開放しようと思います」
Cは歳を取ったように見えた。
何年たったのだろうか。
旅をしているうちに,暦を気にかけるのが面倒くさくなってしまった。
季節があまり変わらない地域や,暦の読み方がわからない地域もあった。
移動の方角によって四季の順序がかわったこともあった。
私はCの年齢を知らない。
父とさほどかわらないのか,父よりも若いのか,それとも,父よりもだいぶ年上なのか。
私が城を脱出する時に見たCは,大勢の敵に囲まれてもきっと跳ねのけて進むだろう,と想像できるほどの迫力に包まれていた。
今目の前にいるCも相変わらず強いのかもしれないが,落ち着いた優しさと,厳かな雰囲気を増していた。
「では,この石はもうガラクタなんだね」
私は青い石の欠片が入っている小さな袋を懐から取り出した。
そして捨てるつもりでそれを机の上に置いた。
「もっとも,始めからガラクタだったのかもしれないけど」
「本物の石は王の部屋に保管してありましたから,取られはしませんでした」
Cは机の上の袋を見ながら言った。
「父上はどこに?」
国王は少年の頃から勉強に熱心だったようで,王としての役割も親としての役割もCが補っていた。
王妃はそんな国王のそばにいて,大好きな人を,王妃というよりは『普通の妻』として支える,そんな日々が幸せのようだった。
『普通の妻』とちょっと違うのは,子育てをあまりしないことだった。
子育てに時間を取られるよりも,夫のそばにいたいのだった。
私はCのはからいでいろいろな所に暮らした。
両親の親類やCの知人の所などで,滞在先は国内だったこともあるが国外がほとんどだった。
青年に成長してからはCと旅をしたことも何度かあった。
だがCは長く城をあけることができないので,途中で帰ったりまた出てきたりと,忙しいが楽しそうだった。
Cの他にも王の仕事を補う人間は何人かいたが,王の分身のような存在がCなのだった。
なぜそうなのか詳しい経緯を私は知らないが,国王とCは幼い頃からの付き合いなのだと母は言った。
母は,父との結婚で外国から来たので,この城の昔のことはあまり知らないようだった。
そして興味もあまりないようだった。
私と両親はもう長いこと会っていない。
「相変わらず勉強に没頭していますよ」
Cの『相変わらず』という言葉に私は安堵した。
つまり私が青い石の欠片を持って脱出したあの日までと,少なくとも両親に関しては,何も変わっていないということだ。
「いや,やはりこれを失くしてはいけない」
Cが私を見て言った。
「この石はお父上が子供の時に初めて研究した石なのです。
彼は外出中にたまたま見つけたこの石の青さにひかれ,持ち帰ると,いったいどんな石なのかを熱心に調べ始めました。そして,この石は鍵として使うのに適しているのではないかと考え,実際にこの石を鍵として使用する仕掛けを作り上げました。彼はこの石との出会いをきっかけに物を調べる喜びや何かを発明することの面白さを知り,そうして様々な研究に没頭するようになったのです。 王はその後も鍵仕掛けの改良を続け,ご存知のように,今では魔法のような堅固さを誇るまでになりました。ただ,私から見た弱点は,鍵がこの青い石のままだったことでした。『同じ成分の石がいくらでも落ちているかもしれないのに。』私は一度はそう忠告したこともありましたが,王はどうしてもこの石を鍵として使うのをやめませんでした。彼にとっての研究は,今でも子供の頃と同じ,遊びの延長なのです。この石は,王にとってそういう物なのです。」
Cは袋から石の欠片をてのひらにあけて,それを私の両手の上に乗せた。
私の両腕には紐で縛られていたあとが残っていた。

2-7

森の中のお気に入りの場所で,数日前に友人が作った木のベンチを見つけた。
さあ,どうしようか。
城は開放された。
国王は若い頃から王の役割をCに託したがっていた。
その願いをやっとCが受け入れたということだろう。
敷地内に暮らす者たちの生活スペースはプライベートな空間として仕切られたが,父が遊びで設置していた魔法のようなセキュリティーはどこにも無くなり,いつでも誰でも自由に『城』に出入りできるようになった。
今まで以上に観光スポットになっていくのだろう。
それとも,出入り自由となると有難みが減るだろうか。
これまでも人生の多くを外国で過ごしてきた。
今更なぜ淋しいのだろうか。
城は私の家で,帰る場所だったのだ,意識して思い返してみると,思い出がたくさん詰まっていることに気が付いた。
大人になってからはたまにしか帰れなくなっていたあの小さな部屋にも,宝物はたくさん眠ったままだった。

遠くから風の音と滝の音が聞こえてくる。
この場所は少し開けていて,木々に囲まれた明るさも気持ちが良い。
「王にとっては堅固な守りもひとつの遊びだったのですが,周りの者たちにとっては様々な憶測をよぶ対象になってしまったのですよ。王はあなたが狙われるまでは噂を全く気にもとめていませんでした。そんな噂が大真面目に流れているとは,思いもよらなかったとのことです」
Cはそこで少し愉快そうに微笑んだ。
「お父上はあなたを呼ぶために私に青い石を持たせた。あなたに渡すと彼らがあらわれ,石は硬い床の上に落ちて砕けてしまった」
それを知って恐怖を感じた父はすぐに鍵を別のものに替えた。
しかし守りの意識からそういう備えをしていたわけではなく,発明をより進展させる楽しさの中でそのようなものもたまたま作ってあった,ということのようだった。
私とCが城の中を動き回って敵の注意をひき,結果的に父にその時間を与えることができたらしい。
「私の判断で本当のことをお伝えしました」
Cは今度は子供のような顔をした。
きっと勝手に話したので父に叱られると思ったのだろう。
城を発つ時に,離れた塔の上層階から私の方を見ている夫妻に気がついた。
二人は何かを話し合っているようにも見えたが,私は気付かなかったように歩みを進めた。
結局,あの時も,今回も,私と両親とは会わないままだった。

夫妻に子供はない。
城下街の若者たちは「もしこの国に素敵な王子がいたら」という想像を描いて楽しんでいただけなのである。
「あ,王子!」
だしぬけに呼ばれて気が抜けた。
見ると,風下から,底抜けの笑顔でベンチの作り主があらわれた。
たったの数日間が,随分久しぶりに会ったように思えた。
「王子ではないよ。人違いだったんだ」
私は立ち上がり,少し笑いながら答えた。
お互いに何も知らない。
友人も何か話したくなったら話すだろうし,そうならないならそれがいい。
私たちはお互いのことがよくわかっている存在のようだった。
そういえば,私たちはお互いに名前も知らなかった。
そう呼びたいのならそれでもいいよ,私はそう言ってまた笑った。
たとえ数日間でも彼が同じ場所にとどまっているのは珍しかった。
「あのあと,別のやつらが来たよ」
彼が心配そうに言った。
「ここにいない方がいい」

「私のことが心配か。大丈夫。そう簡単にはつかまらないよ」
数日前,この場所であっさり捕まっておきながら,ぬけぬけと言うのは楽しかった。
秘密など何もないことを,皆が知ることになる。
城には無邪気な研究家夫妻がいるだけだ。
その技術は訪れる者たちに公開されている。
秘密も宝物も何もない。
Cはいずれあの国を出るだろう。
彼も旅が好きだった。
城は開放されている。行こうと思えばいつでも行ける。誰でも入れるのだ。
言いようのないさみしさがこみあげた。

2-8

「私は中庭の中央にある通路を登って,そこから飛び出したんだ。無我夢中だったから飛び出した直後のことはよく覚えていないんだけど,気がついた時には,あの山を越えよう,次はあの森を,と振り返らずに飛び続けた。夕日が山の向こうに隠れた時に我に返って,このまま飛び続けるよりも,暗くなる前にどこかに降りよう,と思ったんだ」
「暗くなるのが怖かった」
「そうだよ。独りで飛んでいることが,急に怖くなった」
「その場所にグライダーがあるって,なぜわかったんだ」
「通路…渡り廊下が中庭を囲むように作られていた。その渡り廊下をCが目立つように歩いていた。それでわかったんだ。けど,中庭へ出ると大勢の敵が追ってきて,なかなかその台へは辿り着けなかった。私はあちこちの建物や物陰に身を隠しながら走った。父が面白がってショッピングセンターまで作っていたから,自分の家なのに敵よりも私の方が不利だったと思うよ。けど,Cはそうじゃない。Cはいつの間にか私のそばに現れて,つかず離れず一緒に走った。Cが敵の目をひいたおかげで私は少し楽になったけど,Cとの距離が縮まった時,私が石を入れた袋を投げ渡そうとすると,黙って首をふって受け取ってくれなかった。私が捕まりそうになってもCは石を受け取らずに走り続けた」
「グライダーの鍵にもなっていたのか」
「あとから知ったんだけど,そうみたいなんだ。Cは台への上り坂が視界に入ると急にどこかへいなくなってしまい,また渡り廊下に現れた。彼はきっと城の中を知り尽くしているんだろう」
「空を飛ぶって,自由を手に入れた感じかな」
「そうでもないよ。風に左右される。高すぎる山は超えられなかったし,海も無理だろうなあ」
「海かあ。俺はこの大陸しか知らない。船に乗るのは避けてるんだ」
「……そっか」
「お前も自由になったんだな」
「……ん?」
「俺は自由だけど,お前はなんか不便そうだったからなあ」
「船に乗れないのに」
私は親しみをこめて笑った。
友人はさっきからずっと笑っている。
「俺は自由だよ,船なんか,乗ろうと思えば乗るさ,用心して乗らないだけさ」
「……私も,あの山を,越えようと思えば超えられたのかもしれないなあ。日が暮れかかって,雪も降り出して,怖かったんだよなあ…」
私は独り言のように答えた。
「今度,飛行船に乗ってみようかな」
友人も独り言のように言った。
「飛行船は大丈夫なのか」
「お前と一緒なら大丈夫なんじゃないか。あの飛行船なら」
彼はいたずらっぽく「王子」と付け加えた。
そうだ,あのグライダーは,この森の中に隠したままだった。
父に直してもらえば手っ取り早いが,自分で直せるようになれたらすばらしいだろうな。
友人はどこかにあるらしい寝床へ帰り,あくる朝には森の中のどこにも姿を見せなかった。
確かに彼は自由だ。
『お前も自由になったんだな』
自由というのは淋しいものだ。
私は滝のそばに隠したグライダーを探しに行くことにした。
あれはただのグライダーではなかった。
ただのグライダーなら中庭からあんなに高くは飛べず,距離も短かったはずだ。
中庭のあの台にも仕掛けがあったし,グライダーにも何かがあるのかもしれない。
私の心に突然何かが湧き上がってきた。
父上はこんな楽しいものを作る人だったんだ。
腕のあざがまだ残っている。
また寂しさを感じた。
しかし同時に,こんなになるほどきつく縛った彼等を思い出すとおかしかった。

***

Cはその後,王国の歴史を追う旅に出た。
彼は何世紀も前のことまでよく知っていた。

[完]


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