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理髪師の冒険


レモンとオレンジ猫

21-1

案内された私の部屋は,一風変わっていたが,
安らげそうだった。

どこの国風といったこともなく,アンバランスな室内だった。
これがあなたの部屋ですと差し出されれば,
ふむ,まあこれもいいかも,と。

なにより,まだよく知らない私のことを出来る限り想像して,
良かれとしつらえてくれたであろうことが感じられた。

変えてくれと言えば変えてくれるのかもしれない。
むしろそうすることに喜びを感じてくれるのかもしれない。

だが,想像された私がこういう私であったのなら,
私は試してみたかった。

21-2

戸は開け放たれていた。
狭い庭のような場所には木が並んでいた。
その隙間から,辺りが少しだけ伺えた。
床の位置は普通の一階よりも少し高かった。

周辺には何があるのだろうか。
どんな町なのだろうか。
少し歩いてみようか。

そこへ,オレンジ色の猫がやってきた。
あの猫だ,オレンジ猫。
時折姿を見せることがあった,野良猫。
なぜだろう,ついてきたのだろうか。
果たしてどれほどの距離なのだろうか。
野良猫の行動範囲なのだろうか。
それとも,この猫はとんでもなく遠い距離でも移動できるのだろうか。

猫がひょいと床に飛び乗った。
野良猫である。
土やノミを心配し,
あ,と思って,とっさに戸を探したが,間に合わなかった。

猫は中へは進まずに,窓際でくつろいだ。
それを見て,まあいいや,と思い,そっとしておいた。

21-3

机周りを確かめていたら,
ここで働いている人らしい女性が来て,私に郵便物の封書を渡した。
そして,これから夕食のことやいろいろと案内があるから集まるように,とのことだった。
見ると,封書の文字はタイプされた外国語だった。
宛名のそばに,つづりの間違ったローマ字で「お見舞い」と書かれているのが読み取れた。

なぜ知っているのだろうか。
誰からだろう。

急いで中を確かめた。
手紙もタイプされた外国語だった。
『これでリラックスして』
レモンティーのインスタントパックがいくつか同封されていた。
とても良い香りがした。
そうだ,これから会うであろう人たちにもおすそ分けできるかなと思い立った。
『でも,手渡すならもっと手軽な方がいいかも』
封書の中を更に覗き込むと,個包装のレモンの飴がいくつか入っていた。
こちらもとても良い香りがした。

渡せる相手がいるかどうかはわからない。
それに,せっかく送ってくれた物を全てあげてしまっては手紙の送り主に申し訳ない。
うーん,どのくらい持っていこうか,じっくり考える余裕もなく呼ばれて焦った。
これを渡せる相手がいればいいな,と,二つ程度ポケットに入れた。
お守りのようになった。

21-4

猫は部屋に入らない。
触れるほどの距離にもならない。
自由気ままに,神出鬼没。
手紙の差出人が誰なのかはわからない。
ここがどこなのかもわからない。
私を受け入れてくれたこの館の,主が誰なのかもわからない。
けど,私にはまだ,やりのこしていることがある。

[完]


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