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理髪師の冒険


支配者

22-1

大きな大きなエネルギーを体内に吸い込んだ。
そして,祈った。

彼のエネルギーは私を支配するだろうか。

そう思ったとき,彼の声が聞こえた。

22-2

異国の街並みはどこかロマンティックに見える。
案内役の男性が目配せしながら観光客のかたまりを導き始めた。
歴史のある大通りを歩く。
別の観光客のかたまりが,突き当りの建物から逃げてきた。
建物の窓から狙っている者たちや,建物から駆け出してくる者たち,それを追いかける者たちがいた。
何人かはもう倒れていて,今まさに倒れる人の姿も見えた。
通行人たちが物陰に隠れ,襲われたグループの案内役が私達の案内役と合流した。
私達の案内役は両手を広げ,私達を沿道の門に誘導した。
門をくぐると,短い小路の奥に墓が並んでいた。
私達の案内役とさきほど合流した案内役が,それぞれ静かに観光案内を始めた。
慌てずに,無害な観光客に徹するよう小声で指示している。
さっきの観光客たちがなぜ襲われたのか確かなことはわからない。
だが,突き当たりの建物を見学中に襲われたようだった。
つまり今どこに近づくと危険なのか,観光案内の者たちにもわからないようだった。
ロマンティックとは程遠い街だった。

私は誰かと落ち合うためにこの国に来た。
ひとめ見て彼が目的の人物だとわかった。
観光客を装うことにしたが,実際に私の目的は観光で彼は案内役だった。
だが,惨状を目の当たりにして,かつてのこの土地がフラッシュバックした。

石畳の通りが見える。
現在よりも細く狭い。
人々の髪も衣服も薄汚れている。
場面が変わり,遺体の山が見える。
こんなに大勢の人が同時期に亡くなったのだろうか,いったい何があったのだろうか。
私達は高い丘を登ろうとしていた。
丘の上には城砦の管理棟がある。
私達をそこへ行かせまいとする者達が背後に迫っていたが,大丈夫,間に合うだろう。
私達は街の外を,そして街の全体を,見ようとしていたのだ。

22-3

墓石のある墓と無い墓が一列に並んでいる。
おそらく年代や様式が違うのだろう。
墓と平行するように通路がある。
墓と通路の境があやふやな箇所もあり,私はうっかり墓に踏み込まないように,
そして挙動不審に思われないように,ゆっくりと進んだ。

奥にはいっそう時代が古いと思われる墓地があった。
盛り土のような段差になっており,長年の風雨で丸みを帯び,踏み込めば陥没しそうにも見えた。
案内役は,この古い墓地には絶対に近づかないようにと皆に注意を促した。
調査が進んでいないらしく,畏れおおい雰囲気も漂っていた。
案内役たちは観光客たちを足早に通過させようとしている。
私はおそるおそる段差に踏み込み,もろくなっている墓を傷つけないよう,隙間を縫うようにそっと見て回った。
私達の担当の案内役が私に気付いて,触ってはいけないと言った。
私は両手で大丈夫だからとなだめるようなしぐさをした。
そしてこの手の墓に興味のある外国から来た研究者であるかのようなそぶりをしてみせた。
案内役は私に近づこうとしたが,狭い場所に二人も入ることを躊躇しているようだった。
高い位置の墓に辿り着くと,私の心には『これだ』という言葉が浮かんだ。
私はその墓の石に手を伸ばした。
背後で案内役が墓地に踏み込んだ気配がした。
私は石を『開けた』。
どこをどういじったのか,石が割れるようにスライドして,中に隠されていたものが姿を現した。
現れたのは円形の図形が刻まれている台座で,いくつかの小さな緑の石が尖った先端を円の中央に向けて放射状に並び,その中央に握りこぶしくらいの緑の石が鎮座していた。
背後で案内役が「それは危険だ」と言った。
私はかまわずにその上に踏み込んだ。
石から発する力が,私を高く高く宙へと押し上げた。
この国の全土と,周囲の世界と,水平線と地平線と,そして青い空と白い雲が見えた。
空のエネルギーに包まれ,とても気持ちが良かった。

22-4

空中に立ち,地上を見渡すと,火災が見えた。
今ではないかつてに居たことがあった,思い出の建物が燃えていた。
大規模な火災や小規模の火災が他にも見えた。
案内役の『危険だ』という声が心の中に聞こえた。
支配者が持っていた力だ。
それを心配していることがわかった。

透き通った雨が大地に降りそそいだ。
空は青いまま,曇ることなく,
火災は消え,なお地上を清めるかのように降りそそいだ。
人々が残念そうに建物を見ていた。
火は消えたが,思い出の建物はもう手遅れになってしまっていた。

案内役の思考と私の思考が様々に行き交った。
かつての支配者がこの石を隠した。
未来に託すように。
それとも未来の自分が手にするように?
支配者の視界が見えた。
彼の命が奪われるその時を追体験した。
一体化したかのような錯覚だった。
彼が使っていた力なのか,彼自身の力なのかは,わからない。
彼が使っていた力なら,石は独立して存在している。
彼自身の力が何らかの形で込められているのなら,石は彼の力だ。
たぶん,この石は始めから存在していた。
でも,彼の力も一部同化している。
そして,私もこの石の一部になるのかもしれない。
私はこの力を使いたい。

上から眺める視界の端に,そこだけ平坦で造成されたように見える地域があった。
上空から見下ろせば,広い世界の隅の一角だった。
かつての支配者の声が聞こえた。
自分の内面から聞こえてくる,心の奥底の独り言のようなものだった。
尋ねることも答えることもない対話だった。
ただ,手に取るようにわかった。
恐怖も支配欲も,何もなかった。
ただ淋しさがあった。
かつて支配した土地が,世界の片隅にすぎなかったことを,彼は誰にともなく語った。
不毛の地が地図のような眺めの中で異色を放っている。
街から見れば不毛の地はあの突き当りの建物の更に奥にある,宮殿跡地の裏手に広がっていた。
そこで何があったのか,今では誰にもわからない。

私の体は横倒しになり,頭よりも足の方がやや高い位置になった。
空宙のエネルギーが身体の中を勢いよく循環した。

22-5

雨が浄化し,小さな緑が見えるようになった。
だが連なる山々に囲まれたその土地に人は滅多に入らない。
衛星写真がある現在でも,砂の下に何が隠れているか,危険だからである。
入るのは私たち。
いわゆる物好きなはぐれ者。
 支配者は背の高い建造物をいくつか造らせた。
 上層には出入口を作らせ,人々が天に昇ることの象徴とした。
 そして全てを埋めた。
 時代の経過によって地面が下がり始めると,建造物の頭部が地上に姿を現しだした。
 人々は建造物が自ら出てきたと思って気味悪がった。
そこに砂漠の生物が出入りしているのを見て,ならず者たちが中を探検するようになった。
彼らは意外に友好的で,私たちの手助けがほしいと言って,惜しみなく情報をくれた。
いや,彼らと私たちは,同類なのかもしれない。

[完]


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