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理髪師の冒険


お金

25-1

光に照らされていた。
何を見ていたのだろう。
少し驚いた表情で,
少し見上げていた。

机から,鞄から,いつの間にか全て抜き取られていた。

またか。
怒りのままに奪い返し,
怒鳴りつけた。
人の持ち物を勝手に…!
見せびらかして嘲笑うつもりなのだろう。

落書きのような姿をした奴が手を加えようとしていた。
イタズラかと思ったが,そうではないようだった。
必死の思いで奴の手の下にあった残りも奪い返した。
やめてくれ,触らないでくれ。

鞄に詰め込み,あぶれたものは鞄の上に積み重ねていった。
丁寧に扱う余裕はなかった。

ふと視界に入った,
光を見つめる存在。
光に照らされている存在。
その未熟な姿と,純粋な姿が見えた。

恥と尊敬と,憧れ。
懸命な姿。

丁寧に扱うほどのものではない。

膝の上から残りを取り出した奴が,また手を加えるそぶりを見せ,ニヤリとこちらを見た。
まだあったのか,やめてくれ,私に構わないでくれ!
やおら奴は低いおかしな声で,
取引を持ちかけてきた。

私は利益の数千万…いや,億単位なら,と答えかけた。

さあ,どうする。
捨てたはずのものである,また捨てれば良い。
そうすれば,恐怖から解放される。

しかし,光を見つめる存在は,何を見つめているのか。
あなたを照らすその光の正体を知りたい。
この妖怪に,それが見えているというのなら…。
しかし見えていなかったら…。

その光が,私には見えない。

億単位なら,譲ってもいい。

これではまるで『悪魔の取引』だと思った。
何を失うということなのだろうか。
しかし,生涯大事に持っていても私は後悔するだろう。
今,お金が必要だから。
いつかとか,将来とかではなく,
今。

奴が,今すぐに,それだけの物に出来るというのなら。

[完]


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