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理髪師の冒険


病院

6-1

歩いて国道まで抜けたが,
そこから道がわからなくなった。
病院はどっちだろうか。
大きい建物は見えないだろうか。
タクシー,路線バス…,パトカー…,乗ろうにも,行き先がわからない。
聞こうにも,病院名がわからない。
ここで倒れても,誰も来ない。
幼いころを思い出した。
家族と自動車でよくここを通った。
風景はあまりにも変わっているけど,あの信号は知っている。
迎えに来るだろうか。
来てほしくない時にも,来たじゃないか。
でも,来てほしい時には来ない。
今,来てほしいと心から思っているだろうか。
斜めになる信号機を見ながらうずくまり,後はわからない。

私は病院のベッドに居たままだった。
夢だったのだろうか。
それともこっちが夢かもしれない。

あれ以来,時々自由に動けるようになった。
近くの病室を訪ねたり,廊下の窓から中庭を眺めたり,医師と話したりするようになった。
医師は,両親はしばらく来れなくなったと言った。
入院生活の中で仲良くなった人が退院していくのを,私は遠くから見送った。
中庭がよく見える廊下の窓は,窓が壁の代わりをしているような丈夫で大きな窓だ。
私はこの窓際が好きで,陽だまりにベッドを置いて休むこともあった。

お腹が痛みだし,廊下でかがみこむと,私は病室にうつされた。
夜の暗い病室を出てご近所の病室に行くと,今日退院したようだった。
それで別の病室を訪ねると,その部屋の人とも仲良くなれそうだった。

胸が苦しくなりだした。
その時に,ふと思った。
廊下に出ると,窓の外の中庭が白く光っているのがわかった。

私はガラスを割らずに白い光の中に飛び込むことができた。
家族には会えなくなるけれど,それでいい。
もう家族は来ないのだから。
退院した人が光の中で迎えてくれた。
背後では医師が微笑んでいる。

私は自分が誰なのかわからないままだ。
でも,病院に守られている時間は,そろそろ終わりのようだ。
白い光の中に,家族の幸せそうな姿が見えた。
 誰にも別れを告げず,誰も悲しませず,誰も喜ばせず,退院する。
光の中の坂道を高く高く登っていく。
入院中に仲良くなった白い衣の人たちと一緒に,
白い道の中からいろいろな窓を覗いた。
知っている姿,知らない姿,知っている宇宙,知らない宇宙,
怖い犬たち,優しい犬たち,
暗黒と星星の中に浮かぶ雲と稲光り,宇宙の竜。

竜の嵐の中。
鋭い爪と輝く鱗。

具体的な答えはない。

ただ,竜から奪い取り与えられた銀色の短刀を,
宇宙の中で両手に持って,
懐にしまい,岸に戻った。

私たちは迷路へ進み,ピエロを騙しながら,階段を降りてゆく。

[完]


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